大判例

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広島高等裁判所 昭和45年(う)252号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

ただし、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

押収してある刀一振(当裁判所昭和四五年押第二九号)を没収する

理由

〈前略〉

論旨は、原判決の量刑不当を主張するのであるが、これに対する判断にさきだち、職権をもつて調査するのに、原判決は、判示罪となるべき事実の第二として、被告人は、昭和四五年八月一四日午後一一時三〇分ごろ、萩市大島国光たかし方物置小屋において、友人大野泰良らが暴行を受けたことに立腹し、久保輝夫豊田秀博らに対し、「おどれらぶち殺してやろうか」などと怒号し、所携の鞘に入つたままの短刀で右久保の頭部を一回殴打し、その際鞘が割れて出てきた刃体部で右豊田の頭部に一回切りつけ、よつて、久保に対し全治七日ないし一〇日間を要する右前頭部切創、右手掌および右小指切創を、豊田に対し全治七日ないし一〇日間を要する右前頭部切創を各負わせたとの事実を認定し、被告人の右各所為に対し暴力行為等処罰ニ関スル法律第一ノ二第一項を適用している。

ところで、暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条ノ二第一項(以下単に本条項という)は、銃砲または刀剣類を用いて人の身体を傷害する行為が危険性の高い悪質な犯罪であるばかりでなく、現在この種の行為がいわゆる暴力団の構成員によつて多く犯されている実情にかんがみ、これを特別の犯罪類型として刑法第二〇四条所定の傷害罪より重く処罰しようとする趣旨で設けられた規定であり(第四六国会衆議院法務委員会議録第一五号、一、二頁参照)、右の立法趣旨や本条項が傷害の手段として使用される凶器の種類を「銃砲又ハ刀剣類「と限定していることなどに徴すると、本条項に銃砲または刀剣類を「用ヒテ」とあるのは、銃砲または刀剣類をその本来の用法に従つて使用した場合に限定する趣旨であり、銃砲にあつては弾丸を発射すること、刀剣類にあつては刃または切先で切りまたは突くことを意味するものと解するのが相当である。したがつて、たとえば拳銃の銃身で殴打しあるいは日本刀で峰打ちを加えるなど銃砲刀剣類の使用が本来の用法に従つたものといえない場合は本条項にいう「用ヒテ」にあたらない。また、右例示のように銃身で殴打しあるいは日本刀で峰打ちを加えようとしたところ、なんらかのはずみで弾丸が発射しあるいは刀の刃先で相手を切りつけるなど行為者の予期しない結果を招いたような場合には、銃砲刀剣類を本来の用法に従つて使用したと同じ外形的事実がみられるけれども、行為者に銃砲刀剣類を本来の用法に従つて使用する認識がもともとないのであるから、本条項に定める罪の故意を阻却し右の罪の成立が否定される。

これを本件についてみるに、原判決が判示第二について挙示第二について挙示する関係証拠によれば、被告人は、友人の大野泰良らが久保輝夫、豊田秀博らから暴行を受けたことに立腹し、原判示の日時ごろ、短刀を携えて同人らの集合する原判示国光方物置小屋にかけつけ、その入口で所携の短刀を鞘から抜いて久保輝夫らに突きつけ、「おんじらあ出てこい、出てこんにやぶち切つたるぞ」などとどなつたが、同人らがその剣幕に恐れ立ち向つてこなかつたので、被告人は刃物を用いて報復することをやめ、短刀を鞘に納めたうえ右物置小屋に入り、鞘から刀身が抜けないように刀の柄と鞘口の双方を握り、鞘の部分(長さ40.3センチメートル)でまず久保輝夫の頭部を一回殴打したところ、鞘の接合部が一部分割れたため、かさねて同人の頭部を一回殴打した際、鞘の割れ口(長さ二七メンチメートル、幅0.6ないし一センチメートル)から出た刃先が同人の頭部等に当つて原判示の切創を負わせ、つづいて、被告人は同じく鞘の部分で豊田秀博の頭部を一回殴打したが、右の割れ口から出た刃先が同人の頭部に当つて原判示の切創を負わせたことが認められる。右認定の事実からすると、被告人は前示被害者らに対していずれも鞘に入つたままの短刀で殴打したとはいえ、行為の外形としては刀の刃先で切りつけ傷害を負わせる結果を生じさせたものにほかならないから、被告人の右各所為はいずれも本条項に定める罪の構成要件を充足しているというべきものである。しかしながら、被告人は、前示のとおり短刀の刀身が鞘から出ないように配慮し、刀の柄と鞘口とを握つて鞘の部分で被害者らを殴打したに過ぎず、ことに、久保輝夫を殴打した際、事前に刀の鞘が割れていたわけではないから、鞘まで殴打したにしてもそれがぜい弱であるためたやすく割れてその割れ口から出た刃先で切りつける結果を招くことをあらかじめ認識していたというような特段の事情の存するならば格別、このような事情の存することが認められない本件において、被告人には久保輝夫を単に刀の鞘で殴打する認識があつたのにとどまり、短刀の刃先で同人を切りつけることの認識を欠いていたものといわなければならない。つぎに、被告人が豊田秀博を殴打した際には、前示のとおりすでに刀の鞘が割れていたから、たとえ鞘のままで殴打してもその割れ口から出た刃先で相手の身体を切るおそれがあつたと認められるが、被告人にかような事実の認識があつたか否かの点について検討すると、被告人は、司法警察員に対する昭和四五年八月一九日付供述調書において「秀博が頭が痛いといいながら手で頭を押さえて出てきたので街燈に照らしてよくよく見ると、頭から血が出ていたのではつと自分にかえり、右手に持つている刃物を見たところ鞘が割れて刃物の先の方の中身がそのまま鞘から裸で出ていたので心の中で瞬間的にこれで切つたなと思つた。」と供述し、また、「刃物を左手から右手に持ち代えるとき鞘が割れ中味が裸で出ていることがわからなかつたか。」との問に対し「鞘がとばないように柄と鞘のところを持つており、その状態で久保を叩き、さらに、左手から右手に持ち代えたものであり、鞘が割れたことに気がつかなかつたので、私は鞘で秀博を叩いたつもりであつた。」と答えており、被告人の右供述は、本件の犯行が夜間照明設備もない暗い物置小屋のなかで行なわれたことや被告人が犯行直後豊田秀博の頭部から出血していることを知つてことの意外に驚き、直ちに同人を医師のもとに連れて行き傷の手当を受けさせていることなど記録上明らかな事実関係に照らして信用できないものではなく、他に右供述を覆えすに足りる適切な証拠も存しないから、被告人には豊田秀博に対しても刀の鞘で殴るという認識があつたものとみることはできない。右のように、被告人において短刀を本来の用法に従つて使用することの認識を欠いている以上本条項に定める罪の故意が阻却されるというべきものであつて、被告人の本件所為が刑法二〇四条の傷害罪を構成することはともかく、本条項の罪を構成するものではない。

それゆえ、原判決が判示罪となるべき事実の第二において本条項の罪の成立を認めたのは事実を誤認し、ひいては法律の適用を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。〈後略〉(高橋英明 浅野芳朗 一之瀬健)

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